遡ること5日前、聖華は母校早春大学の講演のパネリストとして招かれていた。それは「年金問題を考える」という議題で、聖華をはじめ、有識者数名と学生たちを交え討議するものであった。
弁護士であり、社会保険労務士である聖華はその依頼を快く引く受けた、ジャガーは聖華のボディガードとして、講堂の舞台の袖から講演を観ていたのであった。
話は社会保険庁の年金の記録漏れ5,000万件について、また、過去の年金帳簿を廃棄した問題などをとりあげて、社会保険庁のあり方などについてであった。
「清野弁護士は年金についてどうお考えで」
司会の学生が聖華に発言を求めた。
「先ほどの議論の通り、年金の記録を1年以内にすべて照合し、その対象者に通知をすることは今の社会保険庁のすべき最低ラインの仕事だと思います」
「社会保険庁の今後のあり方はどう思われますか?」
「今の社会保険庁を解体し新しい組織を作ったとしても、国が責任をもって管理するのが公的年金のあり方です。何でも民営化すればよいというものではありません」
「清野弁護士は、公務員が引き続き社会保険の管理をすべきと」
ひとりのパネリストが質問した。
「そうです。年金記録などの管理は公務員がすべきです。ただ、そのチェック機能、例えば『社会保険監視局』などを創設し、有識者や我々弁護士、社会保険労務士がその中身を常にチェックするべきと思います。それと話は戻りますが、社会保険庁の職員の給与に成果主義を導入してはどうでしょう」
「公務員の給与に成果主義ですか?」
パネリスト全員が驚いた。
「すでに総理大臣が1年間で年金記録の照合を終えると公約している以上、その目標を達成できなければ給与が最低給与でもおかしくないでしょう。危機感のない、ずさんな管理にメスを入れるにはそれぐらいしないと照合は終わらないと思いますが。それとその目標において、ぜひ年金加入期間だけでなく、過去いつに、いくら保険料を納めたか、現段階でいくら年金が貰え将来どう推移するのかシュミレーションできるところまでデーターを整備してもらいたいものです」
「歴代の総理や大臣の退職金などの減額案もでていますが?」
「それはそれでやればいい。しかし、一番すべき事は健全な体質や仕組みを作り上げること。責任はそれからでも遅くはありません」
「なるほど」
パネリストたちはうなずいた。
「では次に、年金財政についてはどうお考えですか?ある党では税金と共に徴収する案が出ていますが」
「その党には悪いが、その考えは年金が何たるかを分かっていない人の考えと思います」聖華の強い口調にパネリトは驚いた。
「よくこのような質問をテレビや雑誌で耳や目にし、そしてその答えを聞きます。『あなたはなぜ年金保険料を払わないのですか?』その答えの大半は『自分が年金を貰えるか分からないからです』と答えています。これは全くもって間違った答えです。厚生年金の積立額は2006年度末約161兆円あり、給付支出した額は32.9兆円です。国民年金にいたっては積立額10.6兆円、給付に支出した額は4.5兆円です。極論を言えば、国民が今、全員保険料の納付を拒んだら、年金は5年も経たずに破綻するということ。つまり、言い換えれば今、国民が支払っている年金保険料で、今、年金をもらっている人たちを支えていると言っても過言ではないでしょう。結論を言いましょう。年金制度とは『世代間相互扶助の精神』の上に成り立っているのです。今、年金保険料を納めることは、自分たちの前の世代とその前の世代に年金が給付されることを意味し、自分たちが貰えるかは自分が決めるのではなく、自分たちの次の世代が決めることなのです。従って、先ほどの質問の答えは的外れであるということです。しかし、一番恐ろしいのはその本当の答えを誰も教えようとしないことです。年金制度とは、前の世代から次の世代にバトンを渡すリレー走なのです。ある間の世代がバトンを受け取ることを拒否したらどうなりますか?」
「リレーであれば失格です」
「おっしゃる通り、年金も同じです」
「それと年金財政とどう関係が?」
「つまり、税金の丼勘定に入れては決していけないものなのです。年金保険料で徴収したものは年金給付のみに使われるべきものであり、余分な施設を建てたり、道路を作ったりするお金に使われてはならないのです。私は提言します。年金の個別財務諸表を毎年作成し、国民に開示することを。年金保険料は年金給付のみに使われていることを確認するため。そして、この考えは社会保険全体にも活用すればよい。健康保険、国民健康保険そして介護保険へと、将来的には社会保険連結財務諸表へとすればよい。
保険料で徴収することは併せて重要な意味も含んでいます。それは先ほど申し上げた精神的な面です。つまり、年金保険料は前の世代の人たちへの年金として、しっかり給付されているという『世代間相互扶助の精神』を確かめ合うためのものです。税金の使い方が疑問視されている今の財政に、大切な年金を丼勘定として突っ込むのは極めて危険だということをご理解いただけましたか?」
「次に制度について、厚生年金と国民年金の制度の統一などについてどうお考えで?」
「私はまず制度がどうのこうのという前に、なぜ年金の精神を政府が国民に訴えないのか疑問です。私は政府が年金についてほんとに知識があり理解しているのであれば、年金制度の精神『世代間相互扶助の精神』をもっと訴えるべきだと思います。その精神無くして、一元化など論議に入るのは『仏作って魂入れず』になる可能性があると思います。
当然、複数の年金制度が複雑に絡む現行の制度がよいとは思いません。ある党が提案する、制度をひとつにまとめ年間所得に対して保険料を徴収し、給付を行うのもひとつの考えでしょう。いずれにせよ、どんなよい制度を構築しても、その精神の啓蒙なくしてその制度など成り立たないということです」
「次に、支給年齢と給付のあり方についてどう考えますか?」
「給付については公的年金である以上、確定給付であるべきと思います。ある有識者の方は確定拠出の導入、または一部導入を論じる方がいますが、年金制度は冒頭に申し上げた通り国が責任を持つ制度です。現行通り確定給付で当然だと思いますが。給付額については現行より減額されることはいたしかたないと思います。ただ、基礎年金部分は国民一人一人が生活できる、最低限の給付額は確保すべきであると思います。それと、報酬比例部分には最低給付総額の基準を設けるべきと考えます。これはあくまでも一例ですが、自分の納付保険料が保険料支払時の長期国債の利回りで運用され積立てられた額を、報酬比例部分の給付総額の最底ラインにするとか。最低基準がないから国民も不安を募らせるのです。支給開始年齢は65歳超に変更することは好ましくないと思います。定年を将来的に65歳とするまでは致し方ないと思いますが、人間の体力に目覚しい進歩があるとは思いません。定年を70歳にし年金支給開始年齢を70歳にするなど、少子高齢化を背景に考えるかもしれませんが、老後を楽しむ余裕を与えない制度にすることは避けたいと思います。保険料の増加については、何度も言いますが制度の精神、制度の透明性、安心性を高めれば国民は納得すると思います。自分の年金保険料がおじいちゃんやおばあちゃんや、ましてや両親に支給されているのであれば納得しないわけがありません」
「では、最後に年金制度について他に提案はございませんか?」
「昨年より政府が提案している年金辞退制度は賛成です。しかし、もっと柔軟性が必要と思います。高所得や財産家が年金を簡単に辞退するとは考えにくいです。例えば、辞退という形ではなく、『次世代に廻す』という位置づけにしなければいけません。『次世代に年金を廻した人』は勲五等を与えるとか、親子二代に渡たって『次世代に年金を廻した家族』はその上の勲四等、三代に渡たっ場合はその三代を勲三等にするとか、褒章制度と絡めるのもひとつの案ではないでしょうか。また、社会保険料と税金の未納のない国民に、貢献賞を与えるとかあっても決して不思議ではないと思いますが」
「それは大変面白い発想ですね」
「頭の古い政治家や固い官僚では思いつかないでしょうね」
ハハハハ~、会場内から笑い声が響いた。
「あと、年金そのものをお金だけで渡す必要はないと思います」
「清野弁護士、それはどういう意味ですか?」
「例えば、年金を現金とサービスポイントに選択して給付できるようにしてもらいたい。サービスポイントは現金で支給されるより10%増額するのもよいと思います。つまり、サービスポイントで受け取り、そのポイントを旅行費用や老後の余暇活動費などに活用できるようにすれば日本経済の活性化にもなります」
「それは、今までに聞いたことのない発想ですね」
「いずれにせよ、年金制度は国民生活の柱のひとつです。政府には真実を語り、真の姿の年金制度再構築に向けて、早急に動いてもらいたいものです」
パチパチパチ、会場には割れんばかりの拍手が聖華に送られた。
その時であった。ひとりの男が花束を持って、舞台にいる聖華のもとに近付いた。
ジャガーはその男に殺気を感じなかったため、その光景を落ち着いて眺めていた。
「清野、すばらしい発言だった。俺もうれしいぞ」
聖華はその花束をもって来てくれた人物に気がついた。
「島谷先輩」
聖華は島谷の花束を受け取った。
島谷は聖華に握手を求めた。聖華は快く島谷の差し出す右手を握った。
「清野、後は任したぞ」
島谷はそう聖華に言い残し、足早に会場を出て行った。
講演は無事終了した。
「聖華お嬢さん、あの男は?」
「大学時代の私の先輩。島谷公平(しまたに こうへい)さん。確か今、厚生労働省の官僚だけど」
ジャガーと聖華は、島谷の淋しげな背中が妙に気になったのであった。